はじめに
現代サッカーの戦術において、ロベルト・デ・ゼルビ監督が率いるチームは、その独特なスタイルで注目を集めています。彼のチームは、自陣ゴール前からショートパスを主体としたビルドアップを徹底することが特徴です。一見するとリスクが高いように見えるこのアプローチは、単にボールを保持すること(ポゼッション)を目的としていません。
彼の戦術は「意図的なビルドアップ」と表現することができます。これは、ボールを保持するプロセスを通じて、相手の守備組織を能動的に動かし、計画的に優位な状況(アドバンテージ)を創出することを目的とした、極めて論理的なボール保持スタイルです。
本稿では、このデ・ゼルビ監督が構築した戦術について、その基本原則、具体的な攻撃パターン、そして戦術設計の背景にある合理的な考え方を、分析的な視点から解説していきます。
ビルドアップにおける3つの基本原則
デ・ゼルビ監督の戦術を理解する上で、まず彼のビルドアップを構成する3つの基本原則を押さえる必要があります。これらは、チームがピッチ上で行うプレーの判断基準となるものです。
相手のプレスを誘発し、状況に応じた前進ルートを選択する
デ・ゼルビ監督のチームの最も顕著な特徴は、自陣深くで意図的にボールを保持し、相手チームのプレッシングを誘い出すことです。これは、相手の選手が前に出てくることで、その背後にスペースが生まれるという原則に基づいた、合理的なアプローチです。
この原則には、相手の対応に応じた柔軟なプレー選択が組み込まれています。もし相手が激しいプレスをかけてきた場合、それは相手の最終ラインの背後にスペースが生じている可能性が高いことを示します。その際は、短いパスに固執せず、縦方向へ速いボールを送り込み、そのスペースを活用します。逆に、相手が慎重でプレスに出てこない場合は、後方でボールを保持し続け、相手が動かざるを得ない状況を作り出します。相手の対応を確認してから、最も効果的な前進ルートを選択することが第一の原則です。
プレスをかけてきた選手の背後のスペースを利用する
相手がプレッシングを開始した瞬間、次の原則が実行されます。それは、「プレスをかけてきた選手が元々いたスペースを利用する」ことです。サッカーのピッチ上では、一人の選手がボールホルダーへ移動すれば、その選手がいた場所は必然的に空くことになります。
デ・ゼルビ監督のチームは、この原則を徹底的に活用します。例えば、相手チームのサイドハーフが味方のサイドバックへプレスをかけた場合、チーム全体で「相手サイドハーフの背後のスペース」を攻撃のターゲットとして共有します。そのスペースへ別の味方選手が動いてパスを引き出すことで、相手のプレスのベクトルとは逆方向へ攻撃を展開し、数的または位置的な優位性を確保します。これは、相手の守備アクションそのものを、自チームの攻撃の起点として利用する戦術です。
「三人目の選手」を活用してパスコースを創出する
相手の守備組織が整っており、A選手からB選手への直接的なパスコースが存在しない場合、デ・ゼルビ監督のチームは「三人目の選手」を用いることで、この状況を構造的に解決します。
これが第三の原則である「サードマン・コンビネーション」の活用です。A選手から、ターゲットであるC選手へのパスコースがない状況を仮定します。その場合、A選手はまず、比較的プレッシャーの少ないB選手へパスを出します。このパスにより、相手守備者の注意はB選手へ向かいます。その一瞬の隙に、C選手はフリーな状態でパスを受けるポジションを取り直し、B選手からパスを引き出します。このC選手が「サードマン」です。直接繋ぐことができない二人の選手を、第三の選手を経由させることで連携させる。この三角形のパスワークをピッチの各所で連続的に実行することで、密集したエリアでも効果的に前進することが可能になります。
前編はここまでです。
後編の更新をお楽しみに!!
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