こんにちは。私は公立高校で16年間、生徒指導主事として子どもたちに向き合い、現在はメンタル心理カウンセラーとして心のケアと教育の融合を探求しています。JFA公認A級ジェネラルライセンス保持者として日々指導に携わる中で、「人を育てる」うえで言葉の力が何より重要だと実感しています。
現場では、ミスした選手につい強い口調で叱ってしまうことがあります。直後は「指導した」と感じても、時間が経つと「別の伝え方があったのでは」と胸に引っかかる。技術は練習で伸びますが、心は言葉で育ちます。叱ること自体が悪いわけではありません。ただ、叱る前にできる声かけが必ずあります。トレーニングやゲームは流れが速く、指導者に余白が少ないことも承知していますが、以下の五つは短い言葉で実行でき、選手の心を守りながら成長を促す実践手段になります。
「今、どんな気持ち?」
まず感情に居場所をつくります。ミス直後の選手は自責と焦りで視野が狭くなりがちです。「今、どんな気持ち?」と問うだけで、受け止めてもらえた安心感が生まれ、呼吸が整います。「大丈夫か?」の一言でも効果があります。感情が落ち着けば、事実の整理と修正案づくりに自然と進めます。
「何が起きたと思う?」
事実の言語化は、感情から半歩離れる装置です。「怒られる場」から「振り返る場」へ文脈を切り替えます。「どうだった?」と状況を自分の言葉で説明させることで、認知の精度が高まり、原因と結果の線が結びやすくなります。曖昧なまま次へ進むより、短時間でも事実確認を挟むほうが改善は速く、再現性も増します。
「次はどうしたい?」
未来志向の問いは主体性を呼び起こします。「次はこうしたい」と言えた瞬間、心は前を向きます。正解を与えるのではなく、選手自身の言葉を引き出すことが大切です。目標と手段を自分事として語れれば、行動は持続します。小さな一歩で構いません。「まず視線」「次はファーストタッチ」など具体化できると、実行が現実味を帯びます。
「仲間はどう感じてると思う?」
サッカーは関係の競技です。自分のプレーが周囲に与える影響を想像できることは、責任感と共感力につながります。「みんなはどう感じてるかな?」と促すと、視点が“自分だけの悔しさ”から“チームの目的”へ広がります。関係性への洞察は、声の掛け合い、カバーリング、ポジショニングの質へ跳ね返り、結果としてミスの連鎖を断ち切ります。
「君ならできる」
最後は承認と期待で締めくくります。「君ならできる」「やれるぞ」という短い言葉は、叱責の余韻を希望で上書きします。根拠は過去の成功体験で十分です。「前回はできた」「練習ではできている」――記憶を結び直すだけで、自己効力感は回復します。私の現場でも、この一言で表情が変わり、次のプレーが変わる選手を何度も見てきました。
心理的な背景にも目を向ける
怒りの裏側には、指導者自身の期待や不安があります。思いが強いほど言葉は鋭くなり、結果として自己肯定感を削ってしまうことがあります。大切なのは、「叱る」から「伝える」への発想転換です。同じ内容でも、関係を守る言い回しを選べば、選手は前を向けます。短く、具体的に、人格ではなく行動に焦点を当てて伝える――それだけで受け取り方は変わります。
おわりに
サッカーは技術だけでなく、人間力を育てる場です。人間力は、日々の言葉の積み重ねで育ちます。叱る前の五つの声かけ――「今、どんな気持ち?」「何が起きた?」「次はどうしたい?」「仲間はどう感じる?」「君ならできる」――を合言葉に、選手の心を支える指導を重ねていきたいと思います。技術は練習で伸びます。心は言葉で育ちます。私たちの一言が、選手の明日の挑戦を支える力になります。
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