今回は前編からのつづきになります。ご覧になってない方は以下からご確認ください。

技術だけでは勝てない時代のコーチング
思考を発信し、他者と対話する中で、私の問題意識は次第に一つの核心へと収斂していきました。それは、現代のサッカー、特に育成年代において、選手を本当に成長させるために必要なのは、もはや技術や戦術の指導だけではない、ということです。
指導現場の「息苦しさ」の正体
冒頭で触れた「声を出せ!」という言葉に象徴されるように、日本の指導現場には、いまだに精神論や一方的な指示に偏重する文化が根強く残っています。もちろん、それは指導者の熱意の表れであり、選手を思うがゆえの言動なのでしょう。しかし、そのアプローチは、選手の主体性や思考力を奪い、グラウンド全体の空気を息苦しいものにしてしまう危険性をはらんでいます。
指導者の「正解」をただ実行するだけの選手、ミスを恐れてチャレンジしない選手、自分の意見を言えずに黙り込んでしまう選手。そうした光景を目の当たりにするたび、私は「技術だけでは勝てない」という言葉の意味を痛感します。チームを本当に強くするのは、監督の指示通りに動く駒ではなく、自らの頭で考え、仲間と対話し、主体的にプレーできる選手たちです。そして、そうした選手を育む土壌こそが、現代の指導者に求められる最も重要な役割なのです。
信頼関係という土台
「大丈夫」と言いながら、明らかに無理をしている選手。「わかりました」と返事をしても、その瞳の奥には納得していない色が浮かんでいる選手。指導者であれば、こうした選手の「見えない本音」に気づきながらも、どうすることもできずに通り過ぎてしまった経験が、一度や二度はあるのではないでしょうか。
この見えない本音の壁を溶かすことができる唯一のものが、「信頼関係」です。叱ることも、励ますことも、高度な戦術を授けることも、そのすべては指導者と選手の間の信頼という土台の上にあって、初めて意味を持ちます。選手が指導者を「この人は、自分のことを本当に理解しようとしてくれている」「この人の前では、弱さを見せても大丈夫だ」と感じた時、彼らは初めて心を開き、本当の課題や悩みを打ち明けてくれます。それは、選手が指導者を、単なる技術指導者としてではなく、「心を開く価値がある存在」として認めた証なのです。
この信頼関係は、指導者自身にも必要です。自分のコーチングは本当に正しいのだろうか。自分のやり方で選手は成長しているだろうか。多くの指導者が、孤独の中でこうした悩みを抱えています。だからこそ、指導者にもまた、弱さを見せ、本音で相談できる存在が必要なのです。自分のコーチングを客観的に見てもらい、対話を通じて自分を客観視する。その経験が、指導者自身の成長を促し、ひいては選手とのより良い関係構築に繋がっていくのです。
そして、この悩みを抱えた指導者の手助けをすることが私の使命だと感じています。
「聴く力」という最強のスキル
では、信頼関係はどのようにして築かれるのでしょうか。私は、その鍵が指導者の「聴く力」にあると考えています。技術指導は、ある程度マニュアル化することができます。しかし、人の心を聴く力は、指導者の人間性そのものが問われる、極めて高度なスキルです。
「どうした?」「何かあったか?」
その一言を投げかけた先に、ただ沈黙して耳を傾けられるかどうか。選手の言葉を遮ったり、自分の意見で上書きしたりするのではなく、その言葉の奥にある感情や背景に、静かに寄り添えるかどうか。「この人は、最後まで自分の話を聴いてくれる」という安心感が、選手の心を守る拠り所となります。
話を聴くという行為は、単なる情報収集ではありません。それは、「私はあなたのことを気にかけている」「あなたの存在を認めている」という、無言の応援なのです。この静かな応援の力こそが、選手を再び前へと歩ませる原動力となります。私は、この「聴く力」を持った指導者を、一人でも多く増やしたいと真剣に考えています。
心理的安全性がチームを強くする
指導者が「聴く力」を発揮し、選手との間に信頼関係が築かれた時、チームには一つの重要な文化が根付き始めます。それが、「心理的安全性」です。
「心理的安全性」とは何か
心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことを指します。これは、Google社が自社の生産性向上に関する研究の中で「成功するチームの最も重要な要素」として見出したことで、広く知られるようになりました。
これをサッカーチームの文脈に置き換えるならば、「ミスをしても、過度に叱責されない」「自分の意見やアイデアを表明しても、頭ごなしに否定されない」「分からないことを『分からない』と正直に言える」といった環境が、心理的安全性の高い状態と言えるでしょう。ぬるま湯のような仲良しクラブを作ることではありません。むしろ、チームの目標達成のために、誰もが建設的な意見対立や率直な議論を恐れずに行える、健全な緊張感を伴った信頼関係のことです。
指導者がつくる「挑戦できる空気」
この心理的安全性は、一人の指導者の日々の関わり方から生まれます。選手のプレーに対する小さなリアクション、質問に対する表情、ミスをした選手への声かけ。そうした何気ない言動の積み重ねが、少しずつチーム全体の空気、すなわち文化を形成していくのです。
「この監督の前なら、思い切ったプレーに挑戦できる」「このチームなら、失敗を恐れずに自分の意見を言える」
選手たちがそう感じられる環境こそが、彼らの持つ無限の可能性を引き出す土壌となります。萎縮した心からは、創造的なプレーは生まれません。安心して挑戦できる場所があって初めて、選手は自らの限界を超え、想像もしていなかったような成長を遂げることができるのです。
「相談できる環境」
どれだけ優れた才能を持つ選手を集め、どれだけ高度な戦術を叩き込んでも、選手たちの心が閉ざされているチームは、決して本当の意味で強くはなれません。逆境に立たされた時、困難な壁にぶつかった時、そのチームの真価が問われます。
そんな時にチームを支えるのは、選手たちが「この仲間や指導者には、何でも相談できる」「困った時は、助けを求めても大丈夫だ」と思える、目には見えない信頼の絆です。指導者の耳が、そして選手の耳が、互いに開かれているチームには、どんな困難も乗り越えていける強さが宿ります。この「相談できる環境」こそが、長く、強くあり続けるチームの、揺るぎない土台となるのです。
結論:未来のサッカー界を変えるために
こうした想いを抱く中で、私はなぜ、一つのチームを率いる道だけでなく、「指導者をサポートする」という活動に力を注ぐのか。それは、このアプローチが、より広く、より速く、日本のサッカー界にポジティブな影響を与えられると信じているからです。
私が自分のチームだけで指導をすれば、その影響が及ぶのは、目の前にいる20~30人程度の選手たちに限られます。しかし、もし私が5人の指導者をサポートし、彼らがそれぞれ私のエッセンスを自分たちのコーチングに取り入れてくれたとしたらどうでしょうか。その5人の指導者が向き合っている選手が、仮に合計100人いたとすれば、私の想いは間接的に100人の選手へと届くことになります。この「レバレッジ効果」こそが、私が指導者のサポートにこだわる理由です。
一人の指導者の悩みや孤独に寄り添い、その耳を開かせる手伝いをすること。それは、その指導者の先にいる、何十人もの選手たちの未来を守り、その可能性を育むことに繋がっています。
一人の指導者が変われば、一つのチームの空気が変わる。そして、そうしたチームが一つ、また一つと増えていくことで、日本のサッカー界全体の文化も、少しずつ変わっていくと信じています。
選手が安心して挑戦できる場所。指導者が孤独を感じずに学び続けられる場所が必要だと考えています。
良くも悪くも「指導者ガチャ」「環境ガチャ」を我々の発信によって、改善できると本気で考えています。
だからこそ、指導者の考えをアップデートしの傾聴という最強のスキルのためには、彼らへのアプローチが必要です。だからこそ、Method Labo、加藤到は日本のサッカー界に今、必要だと感じています。
一人でも多くのコーチを支え、一人でも多くの選手を「安心できる場所」にいることができるように引き続き活動を続けていきます。
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