はじめに
サッカーを語るとき、多くの人は華麗なドリブル、正確無比な針の穴を通すようなパス、強烈なシュートなど、いわゆる「スキル(個人技)」に目を奪われがちです。メッシの独特なボールタッチや、ネイマールのトリッキーなフェイント、ロナウドの打点の高いヘディング――そうした“スター選手のプレー”を自分でも真似できればどんなに楽しいだろう、と感じた経験がある方も多いのではないでしょうか。
しかし、そのスーパープレーを「再現」しようと試みると思った以上に難しい(というかほぼ不可能)なことに直面します。
一方、サッカーの中には再現することが「スキル」と比較した時に容易な要素も存在します。それが、「戦術の再現性」です。
約束事や立ち位置など、あらかじめ組織で共有された戦い方は条件がそろえば何度でも“同じ形”でプレーを繰り返すことが可能です。
今回は「スキル」と「戦術」の“再現性”の違いに焦点を当て、サッカーにおける個人技のコピーの難しさと、戦術の型を再現する意義について解説します。
スキルの再現性――「コピー」する困難さ
そもそも「再現」とは何を指すのか
まず押さえておきたいのが、本記事で扱う「再現」という言葉の意味です。ここでは、「特異的(異次元、またはその人特有のスキルによるもの)なプレーを個人が真似する」という意味合いで用いています。たとえば、メッシのドリブルをそのまま模倣しようとする、ロナウドの豪快な空中戦を再現したい、三苫選手の深い切り返し…――そういったイメージです。
「メッシみたいに左足でスルスルとDFを抜き去りたい」「ロナウドのように豪快なヘディングを決めたい」――多くの選手やファンが憧れる瞬間でしょう。サッカー経験者なら何度も夢見たはずです。
スター選手のプレーなんてそりゃマネできないよ!!と皆さんも当然思っていると思いますが、自分の身近にいる上手い選手を真似する(その人のプレーを再現する)こともかなり難易度は高いのではないでしょうか?
こうしたスキル(プレー)は骨格・姿勢・筋肉(速筋・遅筋の割合)、身体能力、空間認知能力…等々が複雑に絡み合っているため完全真似るのは容易ではありません。
これが“スキルの再現性”の難しさを物語るポイントです。
反射とセンス――プレーは“その場のひらめき”も含む
プレーが再現しづらい理由の一つは、即興性(反社的なひらめき)やセンスに強く依存している点にある
即興性:特にスター選手ほど、一瞬の判断や反射的に状況を打開する力が高いです。ディフェンダーが寄せてくるタイミングや、ボールを受けた際の体の向き、相手の重心など、細かい変化を直感的に捉え、瞬発的に反応します。
センス(直感):経験からくる“勘の良さ”や、先天的なバランス感覚なども無視できません。多くの練習を積むことで近づくことは可能ですが、「まったく同じ動き」を再現しようとしても、身体能力や認知・判断のスピードが選手によって異なるため、どうしても差が生まれます。
その結果、「この前できたフェイントがまた同じように決まるか」は不透明です。これはメッシ本人ですら「自分のプレーを絶対に再現できる」とは限りません。
個人差と環境差――条件が常に変わるサッカーの現場
また、サッカーは外部的要因の要素が強いスポーツだと考えています。つまり、プレー環境が常に変化するのです。ピッチのコンディション(芝の長さや雨など)、対戦相手の守備の仕方、味方選手の連携・立ち位置・コンディション、風や天候、さらには試合の流れ…1つとして【前回と全く同じ状況】はありません。
スター選手が特定の場面で披露したスーパープレーを「映像で見て覚えたから、自分も同じ手順でやってみよう」としても、再現できるかどうかは取り巻く条件次第な面も十分含んでいます。これらの外部要因がプレーの再現性をより難しくしている原因だと考えています。
戦術の再現性――戦術は【仕組み・型】:「ひらめき」ではなく「約束事」
再現しやすい理由――人に依らず“仕組み”で動く
戦術が再現しやすい最大の理由は、「選手が変わっても仕組みは変わらない」ことにあります。もちろん、選手個々のスキルや個性に合わせて微調整は必要ですが、システムの基本コンセプトやチームの攻守の原則がしっかり浸透していれば、メンバーが入れ替わっても攻め方・守り方を高い確率で繰り返せます。
これにより、個人の調子や天才的なひらめきに依存しすぎない“安定感”が生まれます。
前回お伝えした「5レーン理論」はこの典型ともいえるでしょう。基準を設けてどこに立ち位置を取るのか?を設定します。この仕組みは繰り返しますが「ひらめき」ではなく「約束事」です。よって理論が分かっていれば誰でも再現ができます。
またチームとしてのビルドアップの戦術が確立されたチームは、スタメンが一人二人変わってもほぼ同じ方法で前線へボールを運ぶことが可能です。これこそが戦術の再現性と言えます。
戦術とは“約束事”の集合
サッカーの「戦術」は個人・チーム全体で共有された“約束事”や“狙い”の集まりです。たとえば、
- オーバーラップのタイミング、どこまで上がるか
- 裏に抜ける動き出し
- 守備時にどのエリアでプレスをかけ始めるか、ブロックを形成するか
- ボール保持側がドリブルでしかける際、サポートの選手がどのタイミングでパスコースを作るか
など、組織として「約束事」「ルール」を事前に設定し、それを基準にして自分たちの動きを決めていきます。約束事があるからこそ判断が容易でありかつ、基準があるからこそその動きをするトリガー(きっかけ)が明確になるのです。
スキルとチーム戦術――両者に宿る“再現のしやすさ”の違い
ここでスキルとチーム戦術の違いをもう一度明確にしておきます。スキルは、「1対1でどのように相手を剥がすか」「プレスを受けたとき、どうボールをキープして捌くか」といった本人の判断・技術に依存する要素が強いです。そのため、スキルの再現性は依然として選手本人のコンディションや相手(外部要因)次第となり、100%同じ動きの再現はそう簡単ではありません。
一方、チーム戦術は「複数の選手が連動してボールを動かす」「守備のブロックを一定のルールで組む」というように、個ではなく集団の連携で機能させるものです。個々のスキルに依存しにくいため、状況さえ整えば同じ形を再度作る可能性が高いわけです。
スキルと戦術の関係――両輪が噛み合うとき
スキルと戦術は対立する概念ではない
ここで誤解してほしくないのは、スキル(個人技)と戦術が「どちらか一方だけを重視すればよい」という話ではないということです。むしろ、高いスキルを持つ選手ほど、組織的な戦術の中で輝けるとも言えます。たとえば、メッシがバルセロナ時代に絶大なパフォーマンスを発揮した背景には、彼を活かすためのチームとしてのプレーが機能していたことが大きいと分析されています。
チームの仕組みが整い、再現性のある戦術が機能すれば、スター選手の強みを発揮する局面が増えます。一方でスキルが高い選手が集まっても、戦術や組織が未熟だと、プレーが噛み合わずに空回りするケースもあるでしょう。つまり、戦術はチームの土台を作り、スキルは試合を決定づける“切り札”として活きてくるのです。
戦術で安定を、スキルで爆発力(ゴール)を
「再現性が高い=常に同じ結果を出せる」とは限りませんが、少なくとも戦術の考え方と動きに一定の約束事があるチームは、崩しや守りの形を再現することで、安定したパフォーマンスを発揮できる可能性があがります。これはシーズンを通じての安定度が問われるリーグ戦で強みを発揮しやすい点です。
一方、個人スキルの要素が強いチームは、「噛み合ったときの爆発力」は凄まじいものがあります。例として、レアル・マドリードがUEFAチャンピオンズリーグで見せる“逆転力”は、個の才能が一気に爆発する瞬間が多いためです。ただし、このようなスタイルはコンディションに左右されるため、安定性に欠けるリスクもあります。
スキルは本当に“再現”できないのか
完全コピーは難しいが“要素を学ぶ”ことは可能
「スター選手のスキルを完全にコピーすることは不可能に近い」とよく言われますが、実は“プレーの要素”を学ぶことは十分に可能です。
たとえば、メッシのドリブルであれば、「重心の置き方(低いか・高いか)」「ボールの置き方」「緩急のつけ方」など、部分的な要素は真似できる可能背はあります。ドリブル・フェイント1つとっても、細分化すると多数の基本技術の集合体です。
したがって、完全再現は無理でも、近しい動きを自分のものとして取り入れることは可能です。そこに自分のフィジカルスキルや特徴を落とし込めば、“自分流のドリブル”が形作られ、それがスキルの引き出しとして増える。スター選手のプレー動画をよく見ていたといったプロの選手もいると思います。全部をマネするのではなくそういった要素の抽出を動画などからするのは十分に有益だと考えられます。
戦術再現のメリット――チーム力の底上げ
誰が出ても同じベースで戦える
再現性の高い戦術を身につけたチームは、主力選手の離脱やメンバーチェンジが起きても一定レベルのパフォーマンスを保ちやすいという利点があります。
これは、「個人」に依存しすぎるチームとの大きな違いです。もしチームの得点源が一人の天才に集中していれば、その選手が出場停止や怪我で不在になると、一気に攻撃力が激減するリスクがあります。一方、複数の選手が連動してゴールを目指す仕組みがあれば、個人スキルのバラつきや不調を“戦術”でカバーできるわけです。
このタイミングで書くのはおかしいかもしれませんが、もしかしたらバルセロナは「戦術メッシ」だった可能性はありますね(笑)
スキルの再現と戦術の再現、どちらを優先すべきか
【チームづくり】においては“戦術再現”が先
組織として試合に勝つことを目標とする場合、まずは戦術の再現性を高めることを優先的に考えるべきでしょう。なぜなら、チームスポーツでは「個人の天才」に頼った勝利ではなく、安定的に結果を残すことが求められるからです。
特に育成年代では全員がスター選手のような天才的スキルを持ち合わせているわけではありません。むしろ、チーム全体が共有できる共通理解(戦術・言語)を持つことで、個人差をある程度カバーし、連動した攻撃・守備を繰り返せるようになります。この土台があって初めて、各選手のスキルがより効果的に活きるのです。
*補足
しかしながら、育成をか勝利かのジレンマには常に向き合っております…
スキル習得も軽視できない
もちろん、戦術だけを追求して「個人技術は後回し」という極端な指導方針も望ましくありません。戦術を機能させるためには、最低限の技術精度が必要だからです。パスやトラップが不安定な選手が多ければ、いくらビルドアップの型を作ってもミスが連発し、崩壊してしまいます。
また、試合の終盤や決定的な場面では「個人のスキルがものをいう」シチュエーションが必ず訪れます。そこに対応できる力を育むためには、個人スキルの追求も重要です。
戦術(組織力)×スキル(個の力)=得点力・守備力
といった方程式でしょう。
まとめ
サッカーの醍醐味の1つはジャイアントキリングだと考えています。
個々の能力では圧倒的に劣っているのに、あのチームが勝ち上がってくるなんて…
ということは頻繁にあります。この要因の1つとしてはやはり「戦術」だと考えています。
戦術はチーム全体が共有する約束事であり、状況が揃えば何度でも同じ形を作り出せる“再現性”を備えています。個人のコンディションに大きく左右されず、チームとして安定して戦うことが可能です。
もっとも、個人のスキルをおろそかにしてしまえば、戦術が機能しても最後のフィニッシュが決まらない、あるいは危機的状況を防げないといった事態も起こります。
つまり、サッカーにおいては「スキル」と「戦術」の両方が同時に重要なのです。ただし、「スキルの再現」は難易度が高いのに対して、「戦術の再現」は仕組み次第で実現可能という大きな違いが存在します。
そしてこの仕組みを作るのが指導者の仕事です。
チームとして攻守の型を作り、誰が出場してもある程度同じプレーを繰り返せる土台を築いてみてください。そうすることで、スキルに頼りきらない安定感を得ながら、スキルが活きる場面も増え、チーム力全体が引き上がるはずです。
今回の記事が皆さんの参考になれば幸いです。
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