はじめに:昨年の高校サッカー選手権を振り返って
第103回高校サッカー選手権もついにベスト4が揃いましたね。ここまでくると毎回話題となるのが今回のタイトルです。
そう…、勝てるサッカーVS観ていて面白いサッカーの対立。これは毎年起こっているのではないかと考えています。
前回大会・第102回高校サッカー選手権の決勝戦、青森山田高校VS近江高校の激闘は、多くのファンやサッカー関係者の心を揺さぶると同時に、我々に指導者にも疑問を投げかけたものだったと思います。結果として青森山田高校が優勝を手にしましたが、両校の選手たちが見せた“勝負への貪欲さ”と“最後の一瞬まで諦めない姿勢”は、サッカーを愛する人々に大きな感動を与えたことは間違いありません。
一方で反対の声も上がったのは事実です。優勝を果たした青森山田高校のサッカーに対しては、「反則が多い」「ロングボール・ロングスローが主体でつまらない」という否定的な声がSNSやメディアの一部で見受けられるのも事実。しかし、実際に試合を観ていると、選手たちは全国屈指の身体能力やメンタル、判断力を高い水準で発揮し、結果をつかみ取っています。何よりもロングボール戦術がここまで普及したのは青森山田高校の強さが貢献したと言っても過言でないと考えています。
高校サッカー選手権という一発勝負の舞台は、チームが“勝つ”ための方法を突き詰めるだけでなく、“魅力的なサッカー”を実現する場でもあるはずという声も上がってきますよね。そのふたつが共存できるかどうかは、サッカー界でも長年議論されてきたテーマです。
今回は、「勝てるサッカー」と「観ていて面白いサッカー」という切り口から、高校サッカー選手権のようなノックアウト方式の大会で起こりやすい葛藤を元に、さらに勝ちと負けに向き合うメンタル面についてまで掘り下げました。ここで取り上げる意見や視点は、両校の戦いぶりを評価するものというよりも、“この舞台から学べること”を目的としています。
ふたつのサッカー像――“勝利優先”と“魅力優先”
1. 「勝てるサッカー」とは何か
高校サッカーでよく目にするのが、縦に速く攻める戦術です。具体的には、ロングボール主体の攻撃や、ハイプレッシャーを武器にした守備、さらにはセットプレーを重点的に狙うスタイルなどが挙げられます。
- ロングボール
前線に足の速い選手を配置し、シンプルにロングボールを蹴り込むことで一気に相手ゴールへ迫る。ビルドアップでミスをするリスクが少なく、特に高校生年代ではフィジカル勝負で上回れば有利に試合を進められます。 - フィジカルの活用
競り合いで勝てる強靭なフィジカルがあれば、空中戦やボディコンタクトでも主導権を握りやすく、相手が技術や個の力に優れていても押し負かすシーンが増えます。 - セットプレー
高校サッカーでは、直接FKやCKからの得点が勝敗を分けるケースが多々あります。短期決戦のトーナメントでは一瞬の隙が命取りになるため、セットプレーからの得点力を高めておくことは極めて重要です。
「勝つこと」は、選手権のような舞台に立つチームにとって最優先目標の一つです。たとえば地区予選であれば、負ければ即終了。この厳しい現実を前に、“リスクを極力減らして確実に勝ちにいく”のは自然な選択肢でもあります。
2. 「観ていて面白いサッカー」とは何か
一方で、観る者を魅了するサッカーには、以下のような要素が考えられます。
- ビルドアップ
GKを含めた後方からの丁寧なパスワーク。中盤やサイドを使って崩す形は、見ていてテンポが良く、技術レベルの高いチームが繰り返し取り組むことで観客を楽しませます。 - 個人技
ドリブル突破、華麗なターン、敵を翻弄するテクニックなど、一瞬でスタジアムの空気を沸かせる派手なプレーは“面白さ”の象徴とも言えます。 - 柔軟な戦術・システム可変
試合状況に合わせて3バックと4バックを使い分ける、サイドチェンジを多用するなど、観客にとって「何か仕掛けてくるかも」という期待感を抱かせます。
この種のサッカーは、たしかに華やかで観客に感動を与える一方、ビルドアップのミスやリスクの高い仕掛けによるカウンターを受けやすい側面があります。実際に、Jリーグでも自陣深くでのビルドアップに失敗して失点するシーンも珍しくありません。トーナメント形式での“生き残り戦”では、こうしたリスキーなプレーが敗退につながることもあるのが現実です。
両立は本当に不可能か――トーナメントとメンタルの相互作用
1. “勝利”と“面白さ”がぶつかる瞬間
指導者の立場からすれば、「勝ちにこだわるあまり、試合が単調になってしまった」「もう少し選手も観客も熱狂させるようなプレーをしたかったが、リスクが怖くて踏み切れなかった」といった葛藤はつきものです。特に高校サッカー選手権のようなノックアウト方式の大会は、1回でも負ければ終わり。そのため、「勝てるサッカー」に振り切るか、「魅力的なサッカー」を追求するかで揺れ動く指導者は多いはずです。
また、選手にとっても重要な決断です。勝ちへの執念とリスクを恐れず攻める姿勢は往々にして相反するものであり、試合のプレッシャーが強いほど慎重さが先立ってしまいます。
たとえば、ビルドアップにこだわるチームであっても、「失敗したらどうしよう」という不安が勝ると、思い切って繋ぐことを躊躇しがちです。
2. 勝ちと負けに向き合う姿勢――メンタルの重要性
トーナメント戦では、技術や戦術だけでなく、勝ちと負けにどう向き合うかがパフォーマンスを左右します。たとえば、青森山田高校のように全国的に知名度が高く「常に優勝候補」と目されるチームは、勝利を義務付けられるようなプレッシャーの中で戦わなくてはなりません。一方、近江高校のように「初優勝を狙う挑戦者」としてチャレンジ精神を武器にするケースもあるでしょう。
- 勝ちにこだわるメンタル
「ここまで来たら絶対に負けられない」といった強い意志が、組織的な守備やハードワークを支えます。その一方で、慎重になりすぎて攻撃のリスクを避け、守備的な展開に陥ってしまう可能性も。
- 負けを恐れないメンタル
「失うものはない」「思い切って自分たちのスタイルを貫く」といった気概が、チームを大胆なチャレンジへと駆り立てます。ときには無謀にも映るプレーが、決定的なチャンスを生むこともあるでしょう。
これらのメンタルが試合中どのタイミングで、どれだけの比重で発揮されるかによって、“勝てるサッカー”と“面白いサッカー”のバランスは大きく変動していきます。
3. 観客を魅了する一瞬――近江高校の得点が与えた衝撃
決勝戦で近江高校が奪った1点は、「パスワークでしっかり崩し切った」「個の技術を存分に発揮したプレー」と評され、多くの人が“面白いサッカー”の象徴的なシーンだと感じたのではないでしょうか。
華麗な連携から生まれる得点には、見る者を惹きつける力があります。
一方、青森山田高校も勝利をつかむために、ロングボールやハイプレス、体を投げ出すような鉄壁の守備などを駆使しました。これは「勝利に近づくための理に適った戦術」であり、結果としてトーナメントを制覇した以上、一概に「つまらないサッカー」と切り捨てることはできないはずです。厳しい練習を積み重ね、負けを受け入れない強いマインドを持った選手たちが、それぞれの役割を完遂したからこそ得られた優勝だと言えます。
両立に挑む指導者
「勝てるサッカー」と「観ていて面白いサッカー」は、必ずしも完全に相反するものではありません。ただ、どちらかを突き詰めようとすれば、ある程度の犠牲は避けられないという現実があります。
短期決戦のトーナメントで“勝利”を最優先するのか、あるいは観客を熱狂させる“魅力的なスタイル”を追求するのか――これは日本サッカー界だけでなく、世界各国の監督・指導者が直面する永遠のテーマだと私は考えています。
とはいえ、選手や指導者が自分たちのサッカー観やチームのビジョン、プレーモデルに基づいて、どこまで両立を模索できるかが、チームの成長を大きく左右します。
そして何より、選手たちが勝敗を超えた部分で自らの成長を実感できることが重要です。高校生の年代は特に、メンタル面で急激に伸びる可能性がある時期でもあります。「大舞台の重圧に耐えながらも、自分たちのスタイルで戦い抜いた」という成功体験や、「負けてしまったが、挑戦を貫いた」という納得感は、その後のサッカー人生だけでなく、社会に出てからも大きな力になります。まさに挑戦できるからこそ得られる価値です。
まとめ
- 「勝てるサッカー」
ロングボールやセットプレーの活用、フィジカルコンタクトを前面に出し、リスクを最小限に抑える。トーナメントでは即効性が高く、負けない戦い方に直結しやすい。
- 「観ていて面白いサッカー」
パスワークやビルドアップ、個人技、可変システムなど、技術とアイデアで観客を魅了する。一方でミスやリスクも増え、結果として勝利に結びつかない可能性も高い。
どちらも一長一短であり、両立を目指すには多くの試行錯誤とメンタル面の準備が必要となります。青森山田高校の勝利を「つまらない」と切り捨てるのは簡単ですが、彼らがその背後で積み重ねてきたモノと精神的プレッシャーを軽視することはできません。また、近江高校の得点に象徴されるような“美しい崩し”こそが、今後の日本サッカーをさらに発展させるヒントになる可能性も大いにあります。
結局のところ、どのようなサッカーを目指すかは、チームのコンセプト、指導者の哲学、そして選手の特性によって千差万別。大切なのは、 “勝ち”と“面白さ”を追求し、その過程で生まれる成功や失敗に真摯に向き合うことではないでしょうか。
勝ち負けに向き合うメンタルの強さを育みながら、自分たちが描く理想のサッカーを少しずつ形にしていく――そんな地道な取り組みが、この矛盾しており相反する2つの領域を限りなく近づける【唯一の方法】なのかもしれません。
さいごに一言、でもやっぱり皆さん勝ちたいですよね?(心の声…)
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