選手から突然「辞めたい」と告げられることが時にあります。指導者としてはもちろん、関係者周囲(特にご両親)にとっても衝撃を受ける瞬間ではないでしょうか。これまで費やしてきた時間や努力、仲間とのことを考えると、「どうして今辞めるの?」と感情的になってしまうかもしれません。しかし、一方で“辞めたい”という言葉が必ずしも“消極的な諦め”を意味するとは限らないことも事実です。
今回はこの時期だからこそ、サッカーを辞めたいと告げる選手にどのように向き合えばいいのか、そしてその背景にある親や指導者の心理について、いくつかの視点を交えながら解説していきます。
「辞める」と「諦める」は違うのか?
多くの人は「サッカーを辞める = 諦める」というネガティブなイメージを抱きがちです。しかし、じつは「辞める」といっても消極的な撤退(諦め)と積極的な方向転換の2種類があると考えることもできます。たとえば、「部活動やクラブチームを辞めることで、別の分野に力を注ぎたい」「受験に本格的にシフトしたい」など、明確な目的をもって舵を切るケースは“前向きな辞め方”と言えるでしょう。
指導者や両親が「ここで諦めたらもったいない」「逃げ癖がつくぞ」といった言葉を投げかけるのは、過去の努力や仲間との関係を断ち切らせたくない気持ちからくるものかもしれません。しかし、それが本当に選手自身の人生にとってプラスになるのかどうかを、改めて考えてみる必要があります。
プロサッカー選手の確率はわずか0.15~0.2%
「せっかくなら続ければ…」という期待を抱く方は少なくありません。ですが、実際にプロサッカー選手になれる割合は、さまざまな調査を総合すると0.15%~0.2%程度だとされています。10,000人の選手がいたとしたら、そのうちプロとして契約できるのは15~20人ほどで、J1の舞台で長く活躍できるとなるとさらに狭き門になるというのが現実です。
こういった数字を示すと「辞めること」を推奨しているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。あくまでも、「プロへの道がいかに厳しいか」を認識しておくことで、「本当は何を目指しているのか」を選手自身に見つめ直してもらうための材料になり得る、ということです。
「受験に専念したい」は本当に逃げなのか?
サッカーを続けるかどうか悩むときによく取り上げられるのが「受験」の問題です。周囲からは「ここで逃げたら受験でも失敗するぞ」「続けられない奴は何をやってもダメ」といった、ネガティブな声が上がりがちです。しかし、その受験自体の合格率を見てみると、たとえば東京大学に合格できる確率は1.5%ほどだと言われています。これは先ほどのプロサッカー選手の0.15~0.2%に比べると、実に10倍以上の可能性があるとも考えられます。
もちろん、勉強とスポーツを単純比較することはできませんが、「受験のためにサッカーを辞める」ことが“絶対に悪い選択肢”とは言い切れないのです。地域によっては全国大会への出場機会も限られ、プロへの道以上に狭き門かもしれない。そんな現状を鑑みると、受験に舵を切るのは決して逃げではなく、むしろ前向きな方向転換と言える場合もあります。
親や指導者が抱える「サンクコスト」の問題
選手が「辞めたい」と言い出したとき、周囲が思わず引き止めてしまう心理の一つにサンクコスト効果があります。これは「すでに投じてしまった時間や労力を惜しんで、なかなかやめられない」という心理的な現象を指します。
- サッカーに費やした時間や労力
- 仲間との関係
- 遠征費や用具費などのお金
これらはすべて回収しようがないコストかもしれません。指導者やご両親が「ここで辞めたらもったいない」と強く感じるのは、実は選手本人よりも、“周り”がサンクコストを捨てられない状態に陥っているからとも言えます。
それでもやっぱり「続けてほしい」という思い
とはいえ、指導者としてはやはり「できれば続けてほしい」という気持ちがあるのは正直なところです。サッカーを続ける理由は何もプロを目指すことだけではありません。体力づくりやチームメイトとの友情、さまざまなモチベーションがあるでしょう。部活動やクラブチームの“最後”をどこに設定するかは人によって違うかもしれませんが、指導者としてはそのラストステージで選手が奮闘する姿を見届けたいと思うものです。
「辞めたい」と言われたときにできること
では、実際に選手から「サッカーを辞めたい」と言われたら、どのように対応したらよいのでしょうか。以下のポイントを押さえてみると、より建設的な話し合いができるかもしれません。
- まずは感情と理屈を切り分ける
周りの大人が焦ってしまうと、どうしても「もったいない!」「逃げるな!」と感情的な言葉が先行しがちです。しかし、まずは選手の本心をしっかり聞き、どうして辞めたいのかを“理屈”と“感情”の両面で整理することが大切です。 - 選手本人の目標を再確認する
プロを目指すのか、全国大会に出場したいのか、それとも仲間と楽しむことが目的なのか。選手自身の目標が見えなくなっていないか、改めてヒアリングしてみましょう。 - サンクコスト効果を理解する
指導者自身が「ここで辞めたらこれまでの努力が…」と考えすぎてはいないかを振り返ってみます。決めるのはあくまで選手本人の人生であることを思い出すことが大切です。 - 選手の“次のステップ”を尊重する
もし受験や別のスポーツへの転向など、前向きな理由であれば、それは“逃げ”ではありません。むしろ新しい挑戦を応援する立場に回ることで、今後の成長を後押しできるでしょう。
まとめ
サッカーを辞めたいという選手の告白は、指導者や親にとっても大きな決断を迫られる瞬間です。しかし、“辞める”には必ずしもネガティブな意味だけではなく、積極的な方向転換である場合も多々あります。プロへの道が狭い現実や、受験という違うチャレンジの可能性、そしてサンクコスト効果の存在を念頭に置きながら、選手とともに「何を目指しているのか」「なぜその道を選びたいのか」をじっくり対話することが大切です。
最終的には、選手本人が心から納得する選択が望ましいでしょう。親や指導者の希望とは異なるかもしれませんが、その先の人生において、「あのときこう決断して本当によかった」と思えるようなサポートをしてあげられると、結果的に選手としても人としても大きな成長につながるはずです。
いま、「サッカーを辞めたい」と言われて戸惑っている皆さんは、ぜひ一度感情をフラットにして、選手本人の言葉に耳を傾けてみてください。続けるにしても辞めるにしても、その決断をリスペクトし、背中を押してあげられる姿勢が、真の指導力と親の愛情を示す一歩になるのではないでしょうか。
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