セスク・ファブレガスの戦術思想
2026年シーズンのセリエA。まだシーズンは途中段階でありながら、静かに注目を集めているクラブがあります。それがコモ 1907です。
指揮を執るのは、かつて世界最高峰のピッチで考えることを武器に戦ってきたMF、セスク・ファブレガス。名選手が必ずしも名監督になるとは限らない。サッカー界ではよく語られる言葉です。しかし、セスクは今、その定説を静かに覆そうとしています。
彼がコモで取り組んでいるのは、単なる戦術の導入ではありません。それは、チームの思考そのものを変えていくプロセスであり、クラブのサッカー観を少しずつ塗り替えていく試みです。
ボールを持つことの意味:セスクのポゼッション哲学
コモの試合を見ていて、我々が強く感じることがあります。それは、このチームにとってボールを保持すること自体が目的ではないという点です。
一般的にポゼッションサッカーと聞くと、ボールを長く保持することそのものに価値が置かれているような印象を受けることも少なくありません。しかし、コモの試合を見ていると、そこには少し異なる意図が感じられます。
おそらく重要なのは、
- 相手をどこへ誘導するのか
- どのラインを歪ませたいのか
- どの瞬間にテンポを変えるのか
といった点なのかなと思います。つまり、コモのボール保持は相手を動かすための準備として機能しているように見えます。ピッチ上の選手たちは、ただ安全にボールを回しているわけではありません。ボールを保持しながら、相手の守備の形を少しずつ動かし、どこにスペースが生まれるのかを探している。そして、その瞬間を見つけたときに、テンポを変え、前進していく。
このような思考を伴ったポゼッションこそが、今季ここまでのコモのサッカーを特徴づけているように我々には感じられます。ボールを持つことは、単に攻撃の時間を増やすためではなく、相手を動かし、構造に小さな歪みを生み出すための行為である。その歪みを見つけ、突くことができたとき、ポゼッションは初めて攻撃としての意味を持つのかなと見ていて感じます。
ベースシステムは4-2-3-1:安定と自由を両立する構造
セスクが基本システムとして採用しているのは4-2-3-1です。このシステムは、
- 守備の安定
- 中盤のコントロール
- 攻撃の流動性
を同時に成立させやすい。しかし、コモの4-2-3-1は単なる配置ではない。試合の流れの中では、ビルドアップ時の3バック化、SBのインサイド化、トップ下の自由なポジション移動など、柔軟に形を変えながら機能している。固定されたシステムというより、思考を表現するための枠組みと言った方が近いのでしょう。
ダブルボランチ:チームのリズムを作る2人
このチームの土台を支えているのが、L・ダクーニャとM・ペッローネのダブルボランチです。彼らの役割は守備だけではありません。
- ボールを引き出す
- テンポを整理する
- 前進の起点を作る
いわば、チームの心拍数をコントロールする役割です。どちらか一方が低い位置で安定を作れば、もう一人が少し高い位置でプレーに関与する。この縦関係の可変によって、相手守備の基準点は曖昧になる。その結果、コモは時間とスペースを得ることができます。
攻撃の鍵を握るトップ下:チームのデザイナー
このチームの攻撃を語るうえで欠かせない存在がニコ・パスです。トップ下に位置する彼は、まさに攻撃の設計者です。彼の役割は非常に多いです。
- ライン間でボールを受ける
- 攻撃の方向を変える
- 前線と中盤をつなぐ
- 自らゴールへ向かう
彼が前を向いた瞬間、コモの攻撃は一気に加速する。セスクのサッカーにおいて、トップ下は単なるリンクマンではなく、攻撃のアイデアを生み出す中心人物なのです。
ゴールを生み出すストライカー
最前線にはアナスタシオス・ドウビカスがいます。ここまで9ゴールを記録しており、チームの得点源となっています。彼の強みは、
- ゴール前での決定力
- 裏へのランニング
- ポストプレー
といった総合的なストライカー能力です。彼が最終ラインを押し下げることで、トップ下、サイド、中盤にスペースが生まれる。つまり彼はゴールを奪うだけでなく、攻撃構造そのものを成立させる存在なのです。
美しさと実用性の間
コモのサッカーは確かに美しいです。しかし、それだけではありません。
- 相手を走らせ
- 守備時間を減らし
- 試合のテンポを掌握する
勝つためのポゼッションとして、その輪郭が少しずつ見え始めています。
まとめ:革命ではなく変化の途中
2026年シーズンのコモ 1907は、まだ完成されたチームとは言えないでしょう。戦術的にも、チームとしての成熟度においても、発展の途中にあることは間違いありません。
しかし、試合を見ていると、ピッチの上には確かにこれまでとは少し違う方向性が見えてきます。ボールを保持すること。相手を動かすこと。スペースを見つけ出すこと。それらを、選手たちが自ら考えながらプレーしているように感じられる場面が増えています。
もしこの感覚が正しいのであれば、セスクがコモで取り組んでいるのは、単なる戦術の導入ではないのかもしれない。それは、チームの中に、サッカーをどう理解し、どうプレーするのかという思考を根づかせていく作業なのでしょう。大きな革命が起きているわけではない。しかし、試合を重ねるごとに、チームのサッカーには少しずつ輪郭が生まれているように見えます。
だからこそ、今のコモは結果だけではなく、その過程そのものを見守りたくなるチームなのかもしれません。この歩みが、これからどのような形へと発展していくのか。2026年シーズンの物語は、まだ静かに続いています。
もし次にコモ 1907の試合を見る機会があれば、ボールを持っている選手だけでなく、その瞬間に誰が相手を動かそうとしているのかにも目を向けてみてください。我々自身、試合を見ながらそうした視点でピッチを眺めていると、セスクがコモで表現しようとしているサッカーの輪郭が、少しずつ見えてくるように感じています。
もちろん、これはあくまで我々自身が試合を見ながら抱いている印象に過ぎません。それでも、そうした視点でプレーを追いかけてみると、コモのポゼッションに込められている意図が、これまでよりも少しはっきりと見えてくるのではないか。そんなふうに我々は感じています。


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