指導者の永遠のテーマ
サッカー指導をしていると、しばしば“型にはめる戦術”と“考えさせる戦術”のどちらを重視すべきかという議論に直面します。指導者によっては「選手に迷いを与えないためにも、チームで一貫性ある型が必要」と考える一方で、「選手の自由な判断とクリエイティビティを重視したい」と真逆の方針を掲げるコーチもいるでしょう。
どちらにも一理あるため、一概に「これが正解」とは言えません。ただ、それぞれのメリット・デメリットをよく理解したうえで、自分のチームや選手の特性に合わせたアプローチを選択するのが賢明です。今回の記事では、“型にはめる戦術”と“考えさせる戦術”の両方に潜む可能性と落とし穴を洗い出し、どのように最適な折衷やバランスを図るべきかを探っていきます。
型にはめる戦術──はっきりした方向性とリスク
1. 「型」を重視するメリット
- やることが明確で、迷いが減る
チームとしての方向性がはっきり定まっていると、選手が迷わずプレーできる利点があります。「ボールを奪ったらまず前線に蹴る」「サイドにボールが入ったら○○を狙う」など、選択肢が限定されていれば、認知から実行までのスピードが早まります。判断に迷いが生じにくいぶん、テンポの良い攻撃や守備が可能になります。 - 身体能力の高いチームには有効
特に、「相手より身体能力に優れた選手を揃えている」「個で打開できる」場合は、“型”のシンプルさが武器になるケースが多いです。ロングボールを前線に放り込めば高さやスピードで勝負できる、個人技に優れる選手がいれば多少強引に仕掛けても成果が出るなど、能力的優位を最大限に引き出せます。 - チームの色を打ち出しやすい
ある程度型があるため、チームの特徴を明確に定義しやすくなります。例えば「カウンター特化型」のチームや「サイドからひたすらクロスを入れる」を徹底するチームなど、共通言語も揃えやすく、選手はその“型”に沿って役割を理解できます。組織力が短期間で高まるのも大きな利点です。 - 特定の個性が育ちやすい
「相手より優れた武器を徹底活用する」スタイルを極めることで、たとえばヘディングに特化した選手や、ロングパス精度に突出した選手が生まれやすいのも特徴です。一芸に秀でた選手を“尖らせる”ために「型」を活用する指導法は、ジュニアからユースにかけて一定の成果を上げることがあります。
2. 「型」を重視するデメリット
- 選手の判断力を奪う恐れ
戦術やプレーの選択肢が限定的になることで、選手が自分で考えなくなるリスクがあります。結果として、「言われた通りにしかプレーできない」選手に育ちやすく、イレギュラーな状況に弱いチームとなりかねません。 - 柔軟性の欠如
相手より身体能力が劣っていたり、相手が対策を練ってきた場合、「型」だけでは通用しない状況に陥ることもあります。引き出しが少ない分、対応力に乏しいチームになりやすく、いったん歯車が狂うと何もできなくなってしまうリスクが高いのです。 - オーバーコーチングの傾向
コーチが「ここでは××をしろ」と、全てを指示通りにやらせることで、選手の自主性や判断力を大きく制限してしまうことがあります。若い世代でこれが続くと、他のスタイルを求められたチームに移籍した際、まったく対応できないという事態を招きます。
考えさせる戦術──主体性と創造の世界
1. “考えさせる”メリット
- 選手の主体性・判断力の向上
「相手がこう来たら、ここを使おう」「周囲の選手と連携して最適解を出そう」という考え方を常に求めるため、選手は常に頭を使い、判断を下す習慣がつきます。結果として、試合中の臨機応変なプレーが増え、主体性のある選手が育ちやすくなります。 - 多様なオプションを獲得
型にとらわれず、状況に応じたベストなプレーを選ぶスタイルなら、相手の意表を突いたプレーが可能です。コミュニケーション量が増えることで選手間の理解が深まり、オーガナイズされた形ではなくとも多彩な連携が生まれやすくなります。 - 能力を補い合える
身体能力において優位を取れない場合でも、頭脳と連携で勝負できるのが大きな特徴です。たとえスピードやフィジカルで劣っていても、試合中に適切な判断を繰り返すことで優位に立てる可能性があります。
2. “考えさせる”デメリット
- 戦術浸透に時間がかかる
自由に考えさせる分、チームとしての共通イメージを固めるまでにはどうしても時間を要します。各選手がバラバラなことを言い出して、結果的にまとまらないという状況も起こりがちです。方向性が曖昧だと、プレーがちぐはぐになるリスクが高いと言えます。 - 判断の苦手な選手には負担が大きい
そもそも“考える”ことが苦手、もしくは経験値が少なくて戸惑う選手にとっては難しく感じるスタイルかもしれません。選択肢が多すぎることで、プレーが遅れたり、意思決定に迷いが生じる場面が増える可能性があります。 - 具体的な指導が不足する恐れ
「考えろ」というコーチングだけで終わってしまうと、選手は「具体的に何を、どう考えればいいのか?」がわからず手詰まりになることがあります。これは指導者のコーチング力にも左右されますが、選手任せにしすぎるとチームとしての共通理解に欠け、せっかくのメリットを活かせなくなります。
最適解は“両極”ではなく“バランス”にあり
ここまで、“型にはめる戦術”と“考えさせる戦術”のメリット・デメリットを整理してきました。どちらか一方だけが絶対に正しいわけではなく、チームの状況や選手のレベル、目指すサッカースタイルによって最適解が変わります。
1. “型”と“考え”のグラデーションを作る
- 導入段階では“型”を重視:まず基礎的なプレーモデルや戦術の型を身につけさせることで、判断に迷いが減り、チームとして連携が取りやすくなります。
- 慣れてきたら“考え”を尊重:ある程度型が身についたら、今度は「なぜここでその選択をするのか?」といった問いかけを増やし、選手に思考する時間を与えます。型が基盤にあるため、まったくの手探り状態にはなりません。
2. 相手や試合展開に応じて調整する
- 型を多用もあり:相手より明らかに能力で勝っているなら、シンプルな形を徹底して“型”の強みを全面に出す戦い方も有効です。短期間で成果が出やすく、選手も自信をつけやすいでしょう。
- 相手が対策してきたら判断力で対抗:相手がしっかり対策してきたと感じたら、“考えさせる”スタイルで意外性のあるプレーを取り入れてみるなど、柔軟に対応することで新たな突破口が開けるはずです。
3. 指導者のコーチング力が鍵
結局のところ、“考えさせる戦術”を導入するには高いコーチングスキルが求められ、“型にはめる戦術”でも適切なタイミングと理由づけが重要です。どちらの手法を選ぶにしても、「なぜそうするのか」を選手に理解させ、適切なフィードバックを与えられる指導者こそがチームを成長させます。
オーバーコーチングを避けつつも、選手が迷わない程度の共通言語を提供する――このバランスを上手にとることで、“型”と“考え”のメリットを掛け合わせたチームづくりが可能になります。
まとめ
- 型にはめる戦術
- メリット:選手の迷いが減り、素早いプレーが可能。短期間でチーム戦術を浸透でき、能力優位があるなら高い効果を発揮。
- デメリット:選手の判断力や柔軟性を奪うリスク。対策を立てられると打開できない場合も。
- 考えさせる戦術
- メリット:選手の主体性や判断力が育ち、多様な選択肢を持つチームに。創造力が発揮され、相手に対応されづらい。
- デメリット:共通認識の形成に時間がかかり、方向性が曖昧だとチームがまとまりづらい。判断が苦手な選手には負担となり得る。
どちらも“絶対的な正解”ではなく、“チームと選手の現状に応じて使い分けるべき手段”です。大切なのは、指導者が自分の目指すチーム像や選手の特性を踏まえて、どこまで型を落とし込み、どこからは選手に考えさせるかの境界を明確にすることです。試合や相手の特徴によってこの境界を変化させる柔軟さを持てば、指導の幅は格段に広がるでしょう。
最終的には、型をベースにしながらも選手に考える余地を残す──そんなハイブリッド型のアプローチが、現代サッカーの指導においては多くの成果を生み出しています。ぜひ、自分のチームが置かれた環境や選手の成長段階を見極めながら、最適な手法を模索してみてください。
皆様の参考になれば幸いです。
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