サッカーの議論において、「4-4-2」や「3-5-2」といった「システム(フォーメーション)」は、頻繁に話題に上ります。しかし、なぜチームは試合開始時に、わざわざ選手を特定の配置に立たせるのでしょうか。
その理由は、極めてシンプルです。システムとは、チームにとっての「基準」であり、全員が立ち戻るべき「ホーム(家のようなもの)」だからです。
本稿では、なぜこの「基準」としてのシステムがチームにとって不可欠なのか、それが選手の役割理解や戦術的な変化にどう影響するのかを、具体的に解説していきます。
システムとは「帰るべき場所」である
システムが持つ最も重要な機能は、チームに「ベースの立ち位置」、すなわち「スタートポジション」を提供することです。試合中、ボールは目まぐるしく動き、選手たちは攻守にわたって流動的にポジションを変え続けます。しかし、プレーが途切れた時、あるいは攻守が切り替わった瞬間に、選手たちが「まず立つべき場所」が定まっていなければ、チームの秩序は保てません。
システムとは、選手たちが混乱した時に「ここに戻れば大丈夫」と安心できる、チームの原点(帰るべき場所)です。この共通認識があるからこそ、選手たちは安心してポジションを離れ、攻撃参加や守備のカバーリングといった「チャレンジ」をすることができるのです。
「基準」があるから「変化」が生まれる
システムを「選手を縛るもの」と捉えるのは誤解です。むしろ、システムという「基準」があるからこそ、チームは初めて意味のある「変化」を生み出すことができます。
もしチームに明確な基準(例えば4-4-2)がなければ、選手が自由に動いても、それは単なる「ぐちゃぐちゃな状態(カオス)」になってしまい、組織としての統率は失われます。誰がどこに動いたのか、その結果どのスペースが空いたのか、誰も把握できません。
しかし、4-4-2という「基準」があれば、そこからサイドバックが攻撃参加する動きは、「4-4-2からの変化」としてチーム全体で認識されます。選手たちは、「今、我々は基準の形から変化している」と理解し、サイドバックが空けたスペースをボランチがカバーするといった、意図的な連動(変化)が可能になります。
「何から、何に変化するのか」。この問いに答えるためには、必ず「何から」の部分にあたる「基準」が必要です。基準がない状態では、変化は起こせず、ただ無秩序なカオスが生まれるだけなのです。
選手の「役割」を明確にする
システムやポジション名は、選手が「まず何をすべきか」という自分の役割を理解する上で、最も簡単な指針となります。
例えば、「サイドバック」という名称を聞けば、多くの選手はまず「バック(守備)」が第一の任務であり、その上で「サイド(側面)」での攻撃参加が求められる、と理解するでしょう。「ディフェンダー(DF)」と任命されれば、守備への意識は自然と高まります。
また、「ウイング」と「サイドハーフ」では、同じサイドの選手でもニュアンスが異なります。一般的に「ウイング」の方が、より攻撃的で高い位置取りを求められる、といった具合です。
このように、システムやポジション名が存在するからこそ、選手はチームから求められる基本的なタスクを直感的に理解しやすくなるのです。
チームの「弱点」を共有するために必要
最後に、システムは「弱点(ウィークポイント)を知るため」にも必要です。なぜなら、この世に完璧なシステムは存在しないからです。あるシステムを採用するということは、特定の強みを得ると同時に、特定の弱点を受け入れることと同義です。
- 例1:1ボランチ(アンカー)のシステム(例:4-3-3)
中盤の底にアンカーを一人だけ配置するということは、構造的にその両脇のスペース(ハーフスペース)が手薄になる、という弱点を受け入れることです。チームは、この弱点をあらかじめ知っているからこそ、「アンカーの両脇はインサイドハーフがカバーする」といった具体的な対策を共有することができます。
- 例2:3バックシステム
ピッチの横幅約68メートルを、3人のセンターバックだけでカバーすることは物理的に困難です。したがって、このシステムを採用するということは、構造的に両サイドの深い位置にスペースが出来やすい、という弱点を受け入れることです。チームはこの弱点を知っているからこそ、「そのスペースはウイングバックが責任を持って埋める」という役割分担が成立するのです。
もし基準となるシステムがなければ、チームは自らの弱点がどこにあるのかさえ把握できません。システムを定めることは、自分たちの「強み」と「弱み」をチーム全体で共有し、その弱点をいかにして組織的にカバーするかを考えるための、第一歩となるのです。
結論
システム(フォーメーション)とは、選手を型にはめるためのものではなく、チームが戦う上での「基準」であり、「共通言語」です。
- 選手たちが立ち戻るべき「スタートポジション」である。
- カオスではなく、意図を持った「変化」を生み出すための土台である。
- 選手が自分の「役割」を理解するための、最初の指針である。
- チームの「弱点」を明確にし、それをカバーする策を練るための前提である。
これら全ての理由から、チームが組織として機能するためには、まず「立つ場所」、すなわちシステムが不可欠なのです。


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