――“前に蹴って走れ”と“原理原則”は、本当に対立しているのか?
ジュニア年代を指導していると、必ずと言っていいほど、こんな葛藤に出会います。
「勝つことだけにフォーカスせず、原理原則や駆け引き、基礎技術を大切にしている。でも別の指導者になると“とにかく前に蹴って走れ”“前線からハイプレス”“できない選手は使わない”という指導に変わってしまう。勝ちながら、周囲を納得させながら進めたいが、どうすればいいか分からない」
これは決して特別な悩みではありません。むしろ、“本気で育てようとしている指導者”ほど、必ず一度はぶつかる壁だと私は思います。そして、ここで多くの人が勘違いしやすいのが、「育成」と「勝利」は対立するものだという思い込みです。
1. 「前に蹴って走れ」「ハイプレス」は、本当に悪なのか?
まず大前提として、「前に蹴って走れ」「前線からハイプレスをかけろ」という言葉そのものが悪なのではありません。問題は、“なぜそれをやるのか”が共有されていないこと、そして**“それ以外の選択肢を育てていないこと”**です。
例えば、以下のような状況では「前に蹴る」ことは立派な戦術的判断です。
- 相手がラインを高く保っている
- 自陣の後方でパスコースが詰まってしまった
- 残り時間やスコア的に、リスクを冒してでも前進すべき
しかし、これが「いつでも・誰にでも・何も考えずに」となった瞬間、それは“育成を止める指示”に変わります。問題は言葉の良し悪しではなく、その裏にある**「考え方(判断基準)」**が伝えられているかどうかなのです。
2. 原理原則と“勝つための戦い方”は対立しない
指導者の皆さんが大切にしている「原理原則」「駆け引き」「基礎技術」は、実は「勝つため」にこそ必要なものです。なぜなら、試合で安定して勝ち続けるチームほど、原理原則が整理されているからです。
- どんな状況でもボール保持者に適切なサポートがある
- ボールと相手を同時に見て、状況を認知できる
- 奪った瞬間に何を優先すべきかが共有されている
これらはすべて、**“育成的”でありながら、同時に“勝利に直結する要素”**です。つまり、「育成」と「勝利」を切り離して考えている限り、周囲とのすれ違いは解消されません。
3. 周囲と噛み合わない本当の理由は「言語化」にある
悩みの中で非常に重要なポイントがあります。それは、**「自分が考えている原理原則が、うまく言語化されているか」**という点です。
多くの現場指導者が、ここでつまずいています。
- 現場では感覚的に分かっているが、言葉にすると曖昧になる
- 説明しようとすると、つい話が長くなってしまう
- 結局、聞き手に本質が伝わらない
これは能力の問題ではなく、**“考えはあるが、整理されていない状態”**です。周囲の指導者やライセンス講習の評価者は、あなたの“意図”ではなく、あなたの発する“言葉”で判断します。だからこそ、「良いことをやっているのに評価されない」という苦しさが生まれるのです。
4. 原理原則は「理念」ではなく「現場で使える言葉」にする
大切にしている原理原則を、ただの“理念”で終わらせず、「現場で即座に使える言葉」に落とし込むことが重要です。
- ❌ 抽象的な表現
- 「原理原則を大切にしています」
- 「駆け引きを教えています」
- ⭕ 具体的な表現
- 「ボール保持者に対して、常に2つ以上のパスコースがある状態を作ることを徹底しています」
- 「相手の重心や目線を見て、今は仕掛けるのか、止めるのかを判断させています」
ここまで言語化できて初めて、他の指導者や保護者、そして評価者にあなたの意図が正しく伝わります。
5. 勝ちながら納得してもらうために必要な3つの視点
① 「勝ち方」を定義する
「勝つこと」そのものではなく、**“どう勝ちたいのか”**を言語化してみてください。 ロングボール一発で勝つのか、ビルドアップで崩して勝つのか、速攻で勝つのか。育成として意味のある「勝ち方のモデル」を語れるかどうかが鍵になります。
② 原理原則と試合結果を“結びつけて説明する”
「今日は勝てました」で終わらせず、どの原則が機能したから勝てたのか、逆にどこが足りなかったのかを、試合後に言語化して共有します。そうすることで、“育成的視点”が**“結果に裏打ちされた説得力ある言葉”**に変わります。
③ 「前に蹴る」ことを原理原則の中に位置づける
「前に蹴るな」と否定するのではなく、「なぜ今は前に蹴る(あるいは蹴らない)のか」という理由を語れるようにします。「相手のラインが高いから裏を狙う」という説明ができれば、それは立派な原理原則に基づいた指導になります。
6. ライセンストライアルや試験等で通らない本当の理由
多くの場合、不合格の理由は「考えがないから」ではなく、**「考えが“伝わる形”になっていないから」**です。
- 何を大事にしているのか
- なぜそのトレーニングをしているのか
- それが実際のプレーのどこに表れているのか
この3点がシンプルな言葉で語れていないと、どれだけ素晴らしい指導をしていても正当に評価されません。今必要なのは新しい知識ではなく、**「今ある思考の整理と言語化」**です。
7. まとめ:指導者なら、誰もがぶつかるテーマだからこそ
「育てたい、でも勝たなければいけない」。この間で揺れることこそ、本気で指導に向き合っている証拠です。
「前に蹴って走れ」や「ハイプレス」を無理に否定する必要はありません。大切なのは、それを**“原理原則という地図の中の一つの選択肢”**として位置づけられるかどうかです。
皆さんの持つ“育成の軸”が、現場や周囲に伝わる言葉になったとき、初めて「勝ちながら、納得されながら進む指導」が可能になります。もし今、周囲と噛み合わないと感じているなら、それは“やり方”ではなく**“言葉の整理”**に向き合うタイミングなのかもしれません。


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