――真に成長を促すために必要な“距離感”について――
サッカーの指導現場では、しばしば「指導者は選手の邪魔をしてはいけない」という言葉が語られます。一見すると指導者の役割を否定するような、少々挑発的なフレーズに聞こえるかもしれません。しかし、その真意は「指導放棄」ではありません。
むしろこれは、選手の主体性と成長を最大限に尊重し、指導者自身が“介入すべき範囲”と“見守るべき領域”を見極めるための、極めて高度な指針と言えます。
良かれと思ってかけた言葉が、実は選手の成長の芽を摘んでいるとしたら。
「判断」を邪魔してはいけない
サッカーは、ピッチ上で次々と状況が変化する判断のスポーツです。同じ局面は二度と訪れません。その中で選手は、瞬時に情報を読み取り、その瞬間の最適解を選び取る必要があります。
しかし、指導者がサイドラインから過度に指示を出し続けたり、プレーの細部まで事前に規定しすぎたりすると、選手の判断は外部から奪われる形になります。
- 「そこへ出せ!」
- 「打て!」
- 「クリアしろ!」
これらの指示が優先されると、選手は「状況を見て決める」のではなく、「声に従って動く」ようになります。これでは、判断力という最も重要な筋肉が育ちません。指導者の役割は、練習で「判断の基準(物差し)」を共有することであり、試合本番では選手が判断する力”を信じて委ねることにあります。
「試行錯誤」を邪魔してはいけない
スキルの習得やプレーの改善は、失敗と成功を繰り返すプロセス(試行錯誤)の中から生まれます。ところが、指導者がミスのたびにプレーを止め、即座に正解を教えてしまうと、選手は失敗を恐れ、チャレンジから遠ざかってしまいます。
重要なのは、ミスそのものではなく、選手自身が以下のサイクルを回すことです。
- 気づき(うまくいかなかったと認識する)
- 仮説(なぜ起きたのか、次はどうすればいいか考える)
- 再挑戦(修正してトライする)
指導者が答えを先回りして提示しすぎると、この貴重な「悩む時間」と「修正するプロセス」が削られてしまいます。一見遠回りに見えるこの過程こそが、技術と判断を脳内で結びつけるための、かけがえのない財産になるのです。
「主体性」を邪魔してはいけない
指導者が強いリーダーシップを発揮することは重要ですが、それが強すぎて選手の主体性を圧迫してしまうと、チームは「指示待ち集団」になります。
主体性とは、自ら課題を見つけ、学び取る姿勢や、ピッチ内のトラブルを自分たちで解決しようとする力のことです。主体性がある選手は、試合中の予期せぬアクシデントや劣勢にも動じず、対応策を練ることができます。一方、主体性を奪われた選手は、ベンチからの指示がなければ動けなくなり、応用力を失います。
したがって、指導者は意図的に「選手が自分で決める領域(余白)」を確保する必要があります。ポジショニングの微調整、セットプレーのアイデア、ピッチ内の声かけなど、選手自身がリーダーシップを発揮できる場所を残しておくことが重要です。
「感情」を邪魔してはいけない
選手はロボットではなく、感情を持った人間です。調子が良い日もあれば、悪い日もあります。恐怖心や高揚感、悔しさといった感情が動くからこそ、成長の爆発力も生まれます。
しかし、指導者が威圧的な態度で感情を抑圧したり、失敗を過度に責め立てたりすると、選手は心理的な安全性を失い、萎縮してしまいます。恐怖に支配された状態では、脳のパフォーマンスは低下し、本来持っている力すら発揮できません。
感情はパフォーマンスの重要な一部です。指導者は選手の揺れ動く気持ちに寄り添い、適切に支える姿勢が求められます。「自分は一人の人間として尊重されている」と感じられる環境こそが、リスクを恐れない勇敢なプレーを生み出すのです。
5「創造性」を邪魔してはいけない
サッカーには、教科書通りの正解が存在しない場面が多々あります。拮抗した試合を決定づけるのは、往々にして定型化された戦術を超えた、選手の突発的なアイデアや創造性です。
しかし、指導者が「戦術規律」を重視するあまり、全てのプレーを管理しようとすると、この創造性の芽は摘み取られてしまいます。創造性は、自由な思考とリラックスした発想から生まれるものであり、型にはめ過ぎてしまえば、その選手だけが持つ独自の色は失われます。
指導者は、チームとしての「型(セオリー)」を教える一方で、「その型を破るための自由」も同時に保証する必要があります。規律の中に遊び心や意外性を許容する度量を持つことが、チームの魅力を高めることに繋がります。
見守ることは、教えることよりも難しい
「指導者は選手の邪魔をしてはいけない」という言葉は、決して指導者が“何もしない”ことを推奨しているわけではありません。むしろ、そこには深い教育的な意図が込められています。
- 判断
- 試行錯誤
- 主体性
- 感情
- 創造性
これらは全て、選手の内側から湧き上がる力です。指導者の真の役割は、教え込むことではなく、これらの力を「引き出し、阻害しないこと」にあります。
そのためには、喉まで出かかった指示をぐっと飲み込み、じっと見守る勇気が必要です。選手の中にある成長の種を信じ、焦らず、邪魔をせず、適切な環境を整え続けること。そこにこそ、優れた指導者の真価が問われているのです。


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