「現代のサッカーは創造的でなくなってしまったのか。ファンタジスタはいなくなったのか」。このトピックを取り上げたところ、多くのコメントをいただきました。それだけ、気になっている方が多いテーマなのだと思います。本日はこちらを扱っていきます。
「数字で測られる時代」への懸念
まず、この懸念が生まれる背景から整理します。今のサッカーは、走行距離やスプリント回数が徹底的にデータ化されています。プロの現場では、試合だけでなく練習中の走行距離やスプリントまで計測し、パフォーマンスが発揮されているかをすべて数字で確認するのが当たり前になりつつあります。
より走れて、より速く、より強く。数字で測れる能力が評価されやすくなる一方で、創造性という「数字で測れない部分」が、だんだん薄まってきているのではないか。かつてファンタジスタと呼ばれた名手たちのような選手が、減ってきているのではないか。そう感じる気持ちは、よく分かります。では、本当に創造性は失われつつあるのでしょうか。
結論 ─ ファンタジスタは消えていない。ただし「目立ちにくく」なった
我々の答えは、「変わっていない。ファンタジスタはいるし、これからも出てくる」です。ただし、条件が一つ変わりました。サッカーが進化する中で、サッカー選手に求められるアスリート能力の水準が大きく上がったことです。強度、インテンシティと呼ばれるものが高くなっているがゆえに、天才的な感覚を持っていてもアスリート能力が足りず、その舞台にたどり着けない選手は出てきているかもしれません。つまり、ファンタジスタが消えたのではなく、アスリート能力を併せ持った天才だけが残る時代になり、目立ちにくくなった。これが実態に近いと考えています。
なぜ時間とスペースが消えたのか ─ フィジカル×戦術×データ
いただいたコメントの中に、こんな指摘がありました。「昔は中盤とディフェンスラインの間が間延びしていて、バイタルエリアやゾーン14と呼ばれる場所が常に空いていた。そこでパスもシュートもドリブルもできる、十分な空間があった」。まさにその通りで、現代サッカーは過去と比べて、時間とスペースが極端になくなっています。
では、その原因は個人のフィジカルが上がったからなのか、それとも戦術の研究が進んだからなのか。答えは、両方です。科学や医学の進化とともに、大学生どころか高校年代からプロに近い体つきの選手が次々と出てきています。高校年代の強豪を見ても、フィジカル的な進化は本当に起きている。それと同時に、コンパクトな守備や前からのプレスといった戦術の研究・進化も積み重なっている。さらに言えば、コンマ一秒単位のデータが見えるようになったからこその戦術的な進化もあります。フィジカルと戦術とデータの掛け算で、サッカーの展開はどんどん速くなり、切り替え(ポジティブトランジション・ネガティブトランジション)の一瞬がますます勝負を分けるようになりました。時間とスペースは、こうして消えていったのです。
型にはめると、創造性は潰れるのか
ここで、もう一つの懸念に答えます。「研究され尽くした戦術や監督のプレーモデル、そしてアスリート能力の要求に選手を当てはめすぎると、創造性が奪われ、ファンタジスタが潰れてしまうのではないか」という声です。
我々は、消えていくことはないと考えています。ただし、姿は移り変わります。例えば、中央にスペースがなくなったからこそ、天才肌の選手たちはサイドへ移りました。サイドで10番の振る舞いをする選手たち。ファンタジスタがいなくなったのではなく、ファンタジスタに求められる能力とタスクが変わってきたのです。これは、サイドバック・ウイングバックの回でお伝えした話とよく似ています。
この先は、サイドバックの位置にいるファンタジスタも出てくるかもしれません。もちろんそこには守備のタスクも与えられたうえで、です。さらに言えば、我々はリベロというポジションが復活する可能性もあると考えています。一番後ろにいるファンタジスタです。創造性を持ち、相手に「何だそれは」と思わせ、観る人を沸かせるプレーヤーは、いつの時代も消えません。場所を変えながら、新しい選手たちが必ず出てきます。
現代のファンタジスタを定義するなら
では、現代におけるファンタジスタをあえて再定義するなら、どうなるでしょうか。整理すると、アスリート能力、戦術理解、そして個人の創造性。この三つが三角形のようにつながったものだと言えます。
世界最高と呼ばれるようなファンタジスタ気質の選手を思い浮かべてください。一見あまり走らないように見えて、決定的な仕事をする。しかし、その選手もワールドカップの決勝を戦い抜けるだけのアスリートとしてのベースを、間違いなく持っています。狭くて速い、時間のないプレッシャーの中で、屈強な体幹と足元の技術があるからこそ、あのプレーが成立している。つまり、ベースがありながら、それをゲームの中で発揮し、自分の色を出せる選手。これが現代のファンタジスタです。
そして、実はこれは今に始まった話ではありません。かつてのファンタジスタたちにも、高いベース能力は間違いなくあったはずです。変わったのは、サッカー選手全体に求められるものが大きく増えたこと。進化する環境にいかに適応し、その上で自分の色を出すか。これはサッカーに限らず、常に変化していく世の中すべてに通じる話なのかもしれません。
まとめ
サッカーが進化しているから、昔のファンタジスタが消えたのではありません。現代サッカーに合わせて、ファンタジスタも進化しつつあるのです。分かりやすくトップ下にいるとは限らず、サイドに、いずれはサイドバックや最後尾にまで、ファンタジスタと呼び得る選手たちは散らばっていく。そしてその前提には、アスリート能力と戦術理解という二つのベースが高い水準で求められ、その上に創造性が乗る。これが現代のファンタジスタの姿です。数字で測られる時代になっても、数字で測れないものの価値は消えません。むしろ、高いベースの上で発揮される創造性こそ、これからのサッカーで最も観る人の心を動かすものだと、我々は考えています。